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coffee cup 第76話

第74話
第75話


大河の言葉は私の頭の中で木霊した。
空白が埋め尽くす頭の中で。


「お前は一体なんなんだ?全ての発端はお前なのか?」


私は何も知らない。
私が何者なのかも知らない。
全てとは一体どういうことだ。


大河は掴んだシャツごと私を地面に叩きつけた。
背中を強打し、激痛が私を襲った。
呼吸ができないほどの痛み。
もう、どこが痛いのかもわからない。
漠然とした鋭い痛みが私を支配した。
濡れた地面と濡れた暗闇の中で、私の存在は確認できない。
確かに存在するのは、痛みと私を見下ろす大河の両目だけだった。
私には感じられた。
暗闇に埋まった私を捉える大河の両目を。

雨で洗い流されるはずの泥は、私の体を這い、柔らかいはずのそれは私を地面に固定した。
私を取り囲む木々のように、私は地面に固定された。
私は動くことができない。

私の前から雨が降っていた。
私だけに降り注ぐように。
私の周りから雨音が聞こえた。
私だけに降り積もるように。

眼球だけの私は大河の両目を見つめていた。
その両目は変わらず私を捕らえていた。
霞んだ視界の中で、それだけがはっきりとしていた。
大河は私を見下ろしていた。
私は大河を見上げていた。
大河という神が私という罪人を見下ろしていた。
私という罪人が大河という神を見上げていた。
神は枷を罪人に填め、自白するのを待った。
ただ待った。
しかし、罪人は罪を知らない。
罪を知らずに罰を受けていた。

大河が静かに言った。
「答えろ」

私は答えられない。
大河の言う全ても、私の全ても、私は知らない。
答えたくても答えを知らない。


大河は震える声でもう一度繰り返し、その後に諦めるように溜息をついた。


沈黙の間、黒い雨が二人を打ち付けた。
神と罪人の関係は変わらない。
大河は肩で息をし、その音を私は黙って聞いていた。
その音は雨音を掻き消すほどの音量で私の鼓膜を震わせた。
黒い雨が少しずつ大河の呼吸を整えた。
黒い雨が私の体と心を打ちつけた。


沈黙を切り裂くように誰かの高笑いが聞こえた。
私達を飲み込み、山を飲み込み、雨音を飲み込み、暗闇を飲み込む笑い声。
雨の一粒が私の額を打ち、頭蓋骨に響き、私の脳を動かした。
あいつらの一人だ。

「逃げろ」

今の私のすべてを使って大河にそう言った。
大河はあいつらに追われる理由がない。
私が大河に何かをしたとしたら、これ以上彼に迷惑を掛けるわけにはいかない。
ポムラが犠牲になり、また誰かが犠牲になるのは耐えられない。
私が捕まれば、それで事が済むだろう。
それでいい。
元々私は誰かに助けられる理由がない。
私は本当の私を取り戻すという我儘をただ押し通していた。
変化という我儘を押し通していた。
誰かを犠牲にしてまで成し遂げることではない。
私の首からぶら下がるペンダントトップを自ら心臓に突き刺したっていい。
私は彼らを助けたい。
そう強く願った。

大河は私に背を向け一歩踏み出し、一度振り返り、深い闇の中へ消えた。

私は黒い雨と共にあいつらが来るのを待った。
黒いジーンズのポケットからJPSの黒い箱を取り出した。
カタチを失った箱。
私はそこから最後の一本を取り出し、咥えた。
火を点けることなく、咥えた。
最後の時を彼女と過ごすためだ。

「どんなものでも最後はあるわ。
 わたしの夫がわたしのためにしたように、
 あなたも誰かのために自分を犠牲にするのね。
 嫌いじゃないわ。
 そういうの。
 でもね。
 それでも、誰かは悲しむの。
 どんなものにも最後はあるのに、誰かは悲しむの。
 わかる。
 夫がしてくれたことをわたしはうれしいなんて思わない。
 だって、愛する者を失ったのだから。
 わたしには悲しみしか残らなかったわ。
 最後はいつかはやってくる。
 そして、誰かは悲しむ」
と彼女が言った。

「それでも、私は誰かを犠牲にはできない。
 その上でしか生きられないなら命などいらない」
と私は言った。

「生きて欲しいの。
 誰も犠牲にしなくたっていいの。
 あなた自身も。
 わたしはあなたに作られたからこんなこと言ってるんじゃないの。
 大切だからよ。
 あなたがいなくなったら、わたしは悲しい」
と彼女が言った。

「助けたい。
 すべてを。
 私はそう強く願っていた気がする。
 そして、今の私もそう願っている。
 私が犠牲になったとしても、すべてを助けたい」
と私は言った。

「わたしが彼らを助けるわ。
 だから。
 あなたはあなたを助けて。
 すべてを助けるんでしょ?」
と彼女が言った。

「そうだな。
 そういうことになるな。

 彼らのことは頼んだよ。
 ヨル」


彼女を慎重に黒い箱に戻し、私は動かない体を無理やり起こした。
そして、木に手を付いて立ち上がった。
重くなったシャツとジーンズが、私をここに縛り付けた。
足を前に出そうとしても、動かない。
動いてはくれない。

私は私を助けられない。
細胞のすべてがそう言った。
私は立ち止ったまま、不確かな空を見上げた。
私の上から雨が降っていた。
私だけに降り注ぐように。
見上げた空も他のすべても黒色だった。
私はどうしようもない孤独の中にいた。

目をゆっくり閉じた。
私はヨルのことを想い、ポムラと大河のことを考えた。

「夜にもう一度カフェで」

そんな言葉が甦った。
この言葉に意味があったのだろうか。
確かに私が言ったことだが、私の意志とは無関係に発せられた。
誰かに言わされたような、そんな感じだった。
たける、大河、ポムラ、ヨル、そして私。
あのカフェで、笑い合い、夕食を楽しむ光景が浮かんだ。
ただ、私がそう望んでいるだけなのかもしれない。
私はゆっくりと目を開けた。
あの明るいカフェとは違い、残酷なまでに黒だけがここに存在した。




雨は激しさを増し、暗闇に雨音を鏤(ちりば)めた。
私はその輝きを聞き、その明りに照らされた夜空を見上げていた。
鳴っては消える輝きと手の届かない夜空。


私は輝きを聞き、夜空を見上げていた。




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