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coffee cup 第73話

第71話
第72話


6月の雨。
夜から零れる雨は、街をさらに黒く染める。
車の光も、部屋の明かりも、街灯も、人工的な光のすべてが脆弱に夜を押し退ける。
観覧車とツインタワーを中心に光を纏った街は、帰る場所を失った巨大な生物のように悲しげに夜空を見上げる。
雨音が街に降り積もる。
誰かのためでも、誰かを拒むためでもなく、ただ鳴り響く。
遠野はタクシーの車内で、雨とワイパーが奏でる音楽を味わう。
「19:12」
遠野の黄色い腕時計が示す時刻。
任務完了時刻は過ぎている。
それなのに、遠野は音楽を気持ち良さそうに聞く。
理由はひとつ。
遠野の中で任務はすでに完了している。
そういうことだ。
遠野は小林がシックスを捕まえたと考えている。
遠野は山にいる二人を見、シックスが山にいるという推測を観覧車の中で確信に変えている。
小林が向かったあの山にシックスはいる。
そして、小林が捕まえている。
そう遠野は考えている。
タクシーはゆっくりと進む。
街灯とヘッドライトが雨で濡れたアスファルトを輝かせ、その上を遠野を乗せたタクシーが進む。


「違う」
小林は大声で叫ぶ。
雨で濡れた木々と自身の鼓膜を震わす大声で叫ぶ。
快感は快感ではない。
小林が仕留めた獲物は獲物ではない。
ポムラだ。
雨の染み込んだ土の上に横たわるポムラ。
それを小林は足で転がしながら、穏やかな声で言う。
「お前。
 何で逃げるんだ。
 獲物と勘違いするだろ」
小林はそう言い終えると、一呼吸置き、ポムラを思い切り蹴飛ばす。
ポムラは何の音も出さない。
スタンガンですでに気を失っている。
小林の興味はポムラから遠ざかり、小林は音に集中する。
小林の求めるものはシックスという獲物だけ。
それ以外は目障りな蝿でしかない。
小林は雨音という雑音でシックスをうまく見つけられない。
小林の中で焦りが生まれる。
もう取り逃がすことはできない。
辺りを包む暗闇を見渡し、元来たであろう道を小林は進む。


sphere cafe。
その前に一台のタクシーが止まる。
遠野の乗ったタクシー。
「少しの間、ここで待たせてもらえないか?
 人と合流することになっているんだ。
 もちろん、その時間分の金は払う」
と遠野は運転手に言う。
運転手は少し考えてからマニュアル通りのイエスの返事をする。
遠野は電話を掛ける。
もちろん小林にだ。
コール音が何度か鳴り、ようやく小林が電話に出る。
「今、カフェの前にいる。
 何分後に到着する?」
と遠野。
「知ってるだろ?
 雨が俺の力を奪うこと。
 それらしき奴を見つけたが、まだ捕えてない」
と小林。
少しの沈黙の後、遠野が言う。
「今から俺も捜す」
小林が返事をしようと口を開く。
それと同時に遠野は電話を切る。
遠野の思考は止まる。
終わったことを始めなくてはいけない。
遠野はタクシーの座席に全体重を預ける。
フロントガラスを流れる雨を見つめ、ため息をつく。
とても小さなため息は前の座席にぶつかり砕け、タクシーの狭い空間を埋め尽くす。
遠野はその中で、ぼんやりと考える。
今からすべきことについてをぼんやりと。
そして、黄色い腕時計に目をやり、任務完了時刻に二度目の修正を掛ける。
「  :  」
わからない。
遠野は頭の中でシックスを捕えられない。
遠野は黙って壱萬円札を運転手に渡し、黙って外に出る。
雨に濡れることも気にせず、暗闇に染まった山へ向かう。


小林は何も聞こえなくなった電話を軋むほど強く握り、電話の液晶を睨む。
液晶の光で小林の顔だけが暗闇に浮かぶ。
小林は携帯電話をスーツのポケットに捩じ込む。
舌打ちをし、小林は暗闇を進む。

遠野は冷静さを失い、闇雲に山を進む。
任務完了時刻は無い。
そのことが遠野から冷静さを奪い取る。




遠野と小林。
6月の夜と雨が悪魔の目と悪魔の耳を二人から奪い去る。
雨音が山に降り積もる。
誰かのためでも、誰かを拒むためでもなく、ただ山に鳴り響く。



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